2012/08/25

Instagramを続ける為に 〜 SNS疲れとは

始めに書きます。

今回は以前にも隠しつつチラチラと書いていた、SNSの内面的な思考部分を中心に書きます。
これからInstagram(以下IG)をやってみようと思っている方や、今現在ハマっている方、雲には乗れると思い続けたかった人は、もしかすると見ない方がいいかも知れません。
お勧めはIGに疲れてしまった人向けです(笑)


SNSは現状に満たされていない人達の仮想現実。

承認欲求という言葉が最近流行りのようにチラホラ見かけることがあります。
流行りだからその言葉を使うワケではなくて、流行るには時代に合ったワケがあります。
心理学で「マズローの欲求段階説」というものがあります。
人の欲求を5段階(6段階という話もあり)にわけた説です。
これは必ず下の段階が満たされてから次へ移るというわけではなく、重なりあい複数を求めることもあるようです。

IGを含むSNSとこの欲求段階説に密接な関係があると考え、この話を進めて行きたいと思います。
(検索してみると関連するサイトも出てきました。)
Wonder Shake: Chasm Bridge 30: ソーシャルメディアの成功とマズローの5段階欲求モデルの関係性とは?

何故最近この言葉を聞く機会が多いのか。また何故時代はそれを求め始めているのかについて思うこともありますが、非常に長くなってしまうので割愛します。

自分の活躍する場所が欲しい。

写真を真剣に撮っている人はきっと誰しも思うことでしょう。
これがマズローで言う所属欲求です。
自分の写真を沢山の人に見て貰いたい…。
Wikipediaではこう書いてあります。
所属と愛の欲求(Social needs/Love and belonging) 情緒的な人間関係・他者に受け入れられている、どこかに所属しているという感覚
IGで言えばIGフレンドになります。リアルな世界だとアマチュアグループの様な、すなわち「写真仲間」になります。
時間がなかったり、近くにそういったグループがなかったり、またリアルな付き合いが面倒だったりと様々な理由があると思いますが、とにかく今現在「集団」に属していない若しくは満足していない状態にある人達が、簡単に集団に属す事が出来るのがSNSの特徴です。

さて、IGを始めてフォロワーも増え始めました。
マズローの所属欲求が満たされるので非常に楽しくなります。
すると現状に満足したユーザーは次の段階 = 承認欲求へ進みたくなります。
承認(尊重)の欲求(Esteem) 自分が集団から価値ある存在と認められ、尊重されることを求める欲求
なんとなく言いたい事が分かりましたか?
IGで言う、いいね!(以下Like)が沢山欲しい。コメントが欲しい、ポピュラーに入りたいといった欲求です。
フォロワーが増えていくと次はLikeも増えて欲しい。
ここでまたWikipediaから…。
尊重のレベルには二つある。低いレベルの尊重欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ることによって満たすことができる。マズローは、この低い尊重のレベルにとどまり続けることは危険だとしている。
ポピュラーとかフォロワー数と置き換えるのがIGだと適切でしょうか。
マズローはそこにこだわり、とどまり続けることは危険だと言っているようです。
自分はマズローに興味を持って本を買ったのですが、正直難しくて途中までしか読んでいませんので、本当は彼が何を危険と言っているかは知りません。
ただ多分、こういうことを危険と言っているのではないかな?という自分なりの解釈を後半に書きます。

さて2段階あるうち、高レベルの承認欲求の話に移ります。
高いレベルの尊重欲求は、自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを得ることで満たされ、他人からの評価よりも、自分自身の評価が重視される。
ポピュラーとかフォロワー数とかどうでもいいよ。自分の技術習得に移るんだ。という流れですね。
ある意味、悟りを開いてしまったような…しかしマズローの欲求段階説は全部で6段階。これは4段階目の話です(笑)
興味がある人は最後にWikipediaのリンクを張っておきますのでご覧下さい。そこまでの経験がない自分には理解不能なことも…境地に行っちゃってる感じですが、いつか理解したいです。

より長くInstagramを続けるために。

マズローの話は一時置いて、写真のことを…。
写真が上手くなりたいというのは写真をやっている多くの人達が持っている気持ちと思います。
写真を上達させるには色々と思うこともありますが、また割愛しまして、とりあえず撮り続けるという事が必要なのは間違いありません。
ただ、続けるにはどうしても目標だったり、刺激だったりといったモチベーションを維持する必要があります。
そのモチベーション維持の為にIGを利用するのです。

経験上、フォロワーさんや自分を今まで見てきて、IGに飽きるまで体感で平均4ヶ月。
そして次第にIGへの興味が薄れ…というかIGが辛くなる現象が現れる人も多く、それで辞めてしまう人も現れます。
ちなみに恋愛物質と呼ばれるフェニルエチルアミンもその位の持続率らしいです(笑)
一目惚れ物質 恋愛の脳内ホルモン フェニルエチルアミン とは : ハンナリ ( han00nari ) コトノハ

次は何故IGが辛くなるのか。どうすればIGを面倒と思わず続けて行く事が出来るかの考察です。

人は意味を持ちたがる

IGをやってLikeを貰い、コメントを貰う。今まで誰の目にも留まらなかった自分の撮った写真が評価される。すると今まで自己満足だけで終わっていた様な写真が、フォロワーさん達に評価された!撮った意味があった!…と感じます。

しかし、これはとても反感を買うかも知れないし、傷付く人もいるかも知れませんが、正直な所、誰もあなたの写真にたいして興味なんてありません。これが現実です。
例えばあなたのお気に入りの写真家がいたとして、その写真家がブログで毎日の様に写真をアップしていたら、あなたはかかさず、そしてずっとブログをチェックする自信はありますか?
人は自分に有意義と思う情報だけを欲しがります。
ありのままの自分をすべて受け入れて貰えるという事は残念ながらないのです。

そしてあなたがどれだけ素晴らしい写真を撮っていた所で、悲しいかな人は飽きてしまう。
でも人は勝手なもので「自分の写真は見て貰いたい」と思う。
そこで相互フォローという暗黙の契約が結ばれます。
ぼくも見る(Like押す)からあなたも見て(Like押して)!
あたしもコメント書くからあなたもコメント書いて!
良く言えばギブアンドテイク。
この一種の義務感とも言える契約が始まります。
この感覚を持っていない人からしたら、これらはさぞ違和感を持った「馴れ合い」に見えるでしょう。
ただ、本人達は「恋」の真っ最中なので、その違和感に気付いていません。
この刺激的な快楽をもっと増やしたくてフォロワーを更に増やしますが、お返しコメントを書く量も増え、段々とそれがストレスになって行きます。
本来その様な形式的なものではないはずのコメントも、心のどこかで作業という努力に変わってしまっています。
そしてこの後生まれる感情が恐ろしいのです…。人によっては潜在的に…。人によっては赤良様に…。

怒りの感情

自分がしてきた努力…それが報われ、Likeも伸びコメントも貰い、ましてやポピュラーに入っているうちはいいです。
ただ先程も書いたように、人は飽きるもの。そしてあなたと同じ様に努力の真っ最中でストレスを受けているかも知れません。だからLikeを押す回数も減ったり、コメントを返す事がなかったり…自分は努力をしているのに…この、“のに”がいきなり自分を自暴自棄にさせてIGを辞めたくなったり、また相手に対して憎しみに近い怒りの感情が生まれる事もあります。
写真が好きで好きでたまらない人、とても真剣に写真へ向き合っている人ほど、こういった感情に陥りやすくなります。
これは、この流れで来てしまった以上、自然な事なのです。
そしてこれら一連の心の変化を、先程のマズローは承認欲求で危険と言ったのではないでしょうか。
今まで何人も見ています。自分も陥りました。好きではないので極たまにしか見に行きませんが、2ちゃんのスレなどでも、何人もこのダークサイドに囚われてしまった人を見ています。
自分を含め、みんな最初は楽しかったからやっていたはずですよね?

IGは…否SNSそのものが、これら欲を上手く刺激する仕組みになっています。
元々Likeなんてなければ「もっと!」という感情は生まれてこなかった。
元々Likeを誰が押したか分からなければ馴れ合いも少なかった。
しかしその「欲への刺激」があるから楽しく、そして流行ったというのも事実なのです。

楽しかったはずのIGが段々ストレスになり、遠ざかり、ついには辞めてしまう。
一握りの上手く流れに乗れた人達を除いて、多分多かれ少なかれこの様な気持ちになった人はいるのではないでしょうか。
また流れに乗れた人達も、落ちてしまう不安、無くしてしまう不安と常に闘わなくてはならない事でしょう。

これらは自分の心の分析ですから、万人に共通とは思っていませんが、俗に言うSNS疲れというものも、これら欲の刺激に振り回されストレスが溜まってしまった状態と思っています。

刺激に惑わされないために

IGのコメントで良く見る言葉があります。
「マイペースでね」
こう書き込んだ人達はきっと振り回された経験があるのだと思ってます。
そういった経験から、写真をポストしなくてはいけない、コメントを返さなくてはいけない、などの義務感を取り除く為に、好きな様にやんなよっていう意味なんだと自分は思っていますし、またそういう意味で自分も書き込んだりします。

本来マイペースで自由な物なのに、そうなってしまうのは先ほど述べた、もっと自分の写真を見て貰いたいという欲。
いっそ辞めてしまえば、そんな欲から来るストレスもなくなってスッキリした日常に戻るのに…。
自分は辞めてしまう事を止めはしません。否むしろIGを辞めて他の方法…出来ればリアルな居場所を探した方がいいと思います。
しかし上に書いた様に、IGを上手く使う=欲を上手くコントロールし利用すれば、写真を撮る為のモチベーションが上がる事は間違いありません。

自分が今現在やっている事。
・Likeの通知を切る 〜 あの通知は嬉しい物ですが、思い切って切ってしまうとLikeがいくつ付いたかなんて気にならなくなります。
・コメントもコメントの返事も気が向いた時しかしない。
・感情が落ち着いている時しかフォロワー数も見ない。気にしない。
この位ですがかなり効果があります。

他にヒント的な物として…
・ニュースを見ない 〜 フォロワーの動向を気にしない。誰が誰に何て言ったかなんて気にしない。
・努力をしない 〜 こんな物は真剣に頑張る程の物ではない…そう思ってしまった方が楽かも知れません。
あと何でしょう…刺激は波です。大きな波が来れば、その後必ず落ち込みます。
だからとても喜ばしい事が起きたとしても、その時の感情を客観的に見て、なぜ嬉しいのか冷静に分析する。それに気付くと小さな波になってしまうかも知れませんが、波に呑まれてしまうより遥かにいいと思います。
そして比べない事です。

まとめ

今回書いた内容はかなり前から思っていた事ですが、書くべきなのかずっと迷っていました。
色々と勉強はしたつもりですが、まだ理解には程遠い所にいる自分個人の主観なので、そういったものを発表していいのか。また最初に書いたように、ある意味ネガティブ(影)とも言える内容を、まだ知らない人が読んでしまったらと思うと、それは良い事なのか悪い事なのか判断がつきませんでした。
ところが先日読んだ小池龍之介氏の書籍で、SNSに関して全く同じ内容が書かれていてとても共感そして自信を持つ事が出来ましたので、やっと今回書き残そうという決心がつきました。
なので中盤辺りでは、かなり引用させて貰っています。

「写真を見て貰いたい」という単純な欲がこんなにも深いものとは気付かなかった。
正直なところ、写真がもっと上手くなりたいという気持ちだって欲だし、写真を人に見せるなんて行為そのものが欲だったりする。
ただ上にも書いたように、要はコントロール。もしかするとまだまだ甘いのかも知れないけれど、そう思っています。

きっと長く続ける為には、純粋に気の合うフォロワーさん達と、好きな様に、テキトーにやって行く事なんじゃないかな…と思います。

何度かIGについて書きましたが、多分これが最後になります。

マズローの承認欲求の高レベルまで…欲を捨て、他人を気にせず、純粋に自分の精進のみになれば、きっと楽になります。みんな楽しく。

関連:
ぽんハウス BLOG: Instagramのポピュラーについて

参考:
自己実現理論 - Wikipedia
「我」を張らない人づきあい:小池龍之介 - Amazon.co.jp
マズローの心理学: フランク・コーブル - Amazon.co.jp
吉永賢一の今夜も真っ裸 - Podcast